剣客商売1
剣客商売1の3話目、剣の誓約の読書感想

芸者とは何を示すものか


あらすじ
 なじみの料亭「不二楼」を訪れた小兵衛。その座敷女中おもとは、小兵衛にとある秘密を打ち明ける。将軍の御家人の山田勘介が、将軍家お側の石川甲斐守を強請る相談をしていたところだった。


登場人物
 個性豊かなキャラクターをご紹介。

秋山小兵衛
 かつて江戸で名を馳せた老剣客。小柄な体格だが、剣術冴え渡り、適う相手はいない。行きつけの料亭で聞いた秘密の話を下に、とある脅迫事件の解決にあたる。

秋山大治郎
 小兵衛の一人息子。小兵衛と対照的に大柄で、巌のような体躯をした剣客。今回は嶋岡礼蔵の死を彼の実家に連絡しに伊勢に旅立ったため、ちょっとしか登場しない。

おはる
 小兵衛の身の回りの世話をし、いまなおラブラブ。小兵衛の連絡役としても活躍してくれる。

佐々木三冬
 老中・田沼意次の隠し子。見目麗しい女性剣士。おはるの精神不安定剤として今日も活躍。

弥七
 御用聞き。現代でいう刑事とか警官のようなものが、日常は他の仕事で食いつないでいる。かつて小兵衛の道場で剣術を学んでいたことがあり、なかなかの強さ。


おもと
 料亭・不二楼の座敷女中。事件の発端を話してくれる。仕事中にナニしてるんですかねぇ。

山本勘介
 不二楼で何やら密談をした幕府の下っ端。別宅に踊り子などを囲い、料亭などに派遣して小金を稼いでいる。

石川甲斐守
 老中・田沼に仕える家臣。将軍の目にかなえば大名に取り立てられもするかなりの身分。

岸井甚平
 かつての小兵衛の門人。剣術はからっきしながら、人柄は小兵衛も一目置く。入江から相談を受け、小兵衛に助けを求める。

入江金右衛門
 岸井の従兄。山本勘介の脅迫に進退窮まり、岸井に相談を持ち掛ける。

石川甲斐守の奥方
 石川甲斐守の奥方であり、源太郎の母親。源太郎の孕ませた相手から脅迫を受け、心労でやせ細ってしまうが、覚悟を決めた胆力は小兵衛も称賛。

堀米吉太郎
 山田勘介に通じ、彼の囲うお里を源太郎と引き合わせた入江の家来。

石川源太郎
 石川甲斐守の息子。奥方に溺愛されて育ったせいか、少々甘ったれ。お里と関係を持ってしまい……。

お里
 踊り子。源太郎の気弱を治すべく彼にあてがわれたが、源太郎と関係を持ってしまう。


山本勘介の密談
 女中おもとが客の一人と姦通していた際に、座敷に来た山本勘介の密談を聞いてしまい、それを小兵衛に口外する。いきなりすごい出だしだが、女性の描写は現代的にはそぐわないのかも。
 山本勘介は将軍の家来ながら最も下っ端。無頼を引き連れ、何かあれば強請ることもいとわぬ厚顔無恥を披露するいかにもな小物でやられ役。

 御側衆・石川甲斐守の立場も紹介される。御側衆は、将軍側近にあって御用取次をうけたまわる秘書官または補佐官のような重職。八千石の大名並みの待遇で、将軍の眼鏡にかなえば大名に取り立てられることもあり、現時点での汚名は致命的。小兵衛はそこに興味を抱く。

おはるの婚礼希望
 前回、自害した柿本源七郎の遺髪を大治郎が彼の実家に届けた際、潔く死を受け止める柿本の兄が実に物事をわきまえていて良い。

 剣客の負の螺旋、復讐の螺旋についても描かれる。小兵衛の、大治郎が剣客になる恐れを描くとともに、小兵衛の情の深さがよくわかる。前回、片腕を切り落とされながら逃げおおせた伊藤三弥の復讐の影も気になるところ。

 そんな重苦しい剣客の事情が、おはるの結婚式を挙げたいという女性らしい願いで緩和される。しかも小兵衛の下を頻繁に訪れる三冬に嫉妬するおはるの精神状態も安寧でなく、それの板挟みに合う小兵衛の姿に、まさに年甲斐も無く、という感想が浮かんでくる。シリアスと弛緩のバランスがいい感じ。

 切迫した状況の小兵衛を訪ねてきたのは、かつての小兵衛の門人、岸井甚平。酒井家のお留守居役、つまり幕府と自藩、他藩と自藩との交際・連絡にあたる重要な役目で、いわゆる外交官。人柄も頭脳もずば抜けていなければ務まらず、小兵衛にも年に一度はお土産を持参してあいさつに訪れる。

 その岸井、小兵衛に相談を持ち掛ける。彼の従兄の入江金右衛門が、石川甲斐守の奥御用人を務めているとのこと。事件のつながりを感じ、小兵衛の両目が針のように光る。

御用聞きの生態
 後日、小兵衛は岸井の紹介を通じて入江と面会。
 そして小兵衛は途中でおはるを抱きつつ弥七と連絡を取り付ける。彼に協力を頼むのだが、弥七の御用聞きについての説明が興味深い。御用聞きとしても何人かの密偵を雇うため、お金を支払う必要があるのだが、御用聞きもお上からお金を貰えるわけでなく、警吏の下働きをしてお金を貰うが、これだけではとても成り立たない。一般的な御用聞きはお上の看板を盾にいろいろ美味い汁を吸うのだが、弥七は女房に別の商売をしてもらって家計を成り立たせている。世知辛いし、市民が犯罪に立ち向かう感覚も面白い。

 この章の辺り、密談とかの描写で済ませ、読者をやきもきさせるのが上手い。内容的には下準備という感じだが、読者の状況整理としても落ち着ける。

お手付きやっちった
 山本勘介はお上に尽くす身でありながら、別宅に踊り子や三味線・浄瑠璃などを「芸者」と呼ばれる連中を囲い、諸方の料亭・茶屋に派遣して私腹を肥やしている。
 現代の感覚で言うと、芸者はゲイシャさん的な存在になっているが、江戸の前期では武芸者という扱いだったらしい。嘆く小兵衛の気持ちも分かるが、言葉の意味合いは時代によって変わるものではある。

 山本勘介の強請りのネタは、石川甲斐守の息子・源太郎が、踊り子の一人・お里を孕ませてしまった点だ。石川甲斐守の弱みについては先述の通り。母の溺愛で甘やかされて気弱な源太郎のために石川の家来・堀米吉太郎があてがったのがそもそもの始まりで、源太郎が手をつけてしまったようだ。しかし、源太郎の縁談が老中・田沼の手で決まりつつあったことで、事態は切迫。田沼意次の面目つぶれるとあっては、お家は大変。金五十両で手を打とうとしたが、山本勘介は千両を要求。そんなお金は無く、焦る入江が岸井に相談したことで、小兵衛に役目が回ってきた。

 人の業と言うべきか、避妊技術も未熟な江戸時代だからこそ、下半身事情は気をつけよう、という教訓かも。小兵衛の幅広い人脈がうかがえようというもの。

闇夜の町を駆ける小兵衛
 小兵衛、大胆にも勘介の相談場所に潜入。冒頭のおもとと同様、雪隠に潜み、盗み聞き。源太郎が孕ませたというのは真っ赤なウソで、本当は堀米吉太郎がお里を孕ませたのだった。

 その勘介と雪隠で鉢合わせ。小柄ながら勘介を気迫で圧倒する小兵衛がかっこいい。二人を打ち倒し、隠れ目付を騙った小兵衛の一言で一件落着、とはいかない。

 石川甲斐守の奥方が、お里と直接ケリをつけると邸宅を出てしまったと急ぎの連絡が小兵衛に届く。それを聞いた小兵衛、物の怪とも呼ばれる速度で夜の町を駆ける。スピード感にあふれる文章である。そのまま奥方に刺されかかったお里を救出すると、奥方の護衛の入江たちを跳ね除けた無頼3人をあっという間に片づけた。胸のすく思いである。

芸者の意味が変転
 一週間のち、弥七に礼金を快く渡す小兵衛の人柄が気持ちいい。事件が表ざたにならなかったので、勘介や堀米に直接の沙汰が下ることは無かったが、方々丸く収まった。

 小兵衛、石川の奥方の胆力を評価する一方、無頼にあっという間にやられた入江をはじめ、武士の実力のなさに呆れ気味。昔らしい人格が少しずつ無くなっていくのは、現代にも通じる無常観だろうか。時代にそぐう人格に合わせている、という見方もできるが。


勧善懲悪の見本市
 悪人らしい悪人は現代においてなかなか貴重。私服を肥やすために手を広げる勘介もちょっと魅力的なら、的確にやっつけて事態を収める小兵衛の手際が光るというもの。彼の芸者という言葉に対する不満を素直に受け止められたら、老境の域に差し掛かっているのかも。




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