リチャード・ジュエル
映画「リチャード・ジュエル」の映画感想をしたためていきます。
ネタバレがあるので、先に見てから読んでね

公僕とマスコミ怖い


あらすじ
 1996年、アトランタ五輪に湧くアメリカ合衆国内のオリンピック公園にて爆破事件が発生。当時警備員として現場にいたリチャード・ジュエルが爆弾の第一発見者として人々の避難を担当し、被害を軽減させた。メディアは彼を英雄として祭り上げた。
 しかし、FBIはリチャードを爆弾事件の真犯人と疑い、メディアにその情報を漏らしてしまう。メディアはこぞってリチャードを爆弾事件の真犯人として報道し、彼と彼の母親を追い詰めていく。無実の彼は、かつて親交を持っていた弁護士のワトソンに自身の弁護を依頼する……。


背景

アトランタ五輪
 1996年にアメリカ合衆国のアトランタで開催された夏季オリンピック。200mにおいてマイケル・ジョンソンが当時の世界記録19秒32を記録するなど、アメリカが金メダル44個など総計101個のメダルを獲得した。

センテニアル・オリンピック公園爆破事件
 1996年、上記の公園にてベンチの下のバックパックが爆発し、死者は2名、100人以上が負傷した。当初は第一発見者のリチャード・ジュエルが有力な容疑者として扱われていたが、真犯人は2003年に逮捕されている。事件後、リチャードはメディアに対し訴訟を起こしている。

ミランダ警告
1.あなたには黙秘権がある。
2.供述は裁判で不利な証拠として扱われる場合がある。
3.あなたは弁護士の立ち合いを求める権利がある。
4.もし自分で弁護士に依頼する経済力が無ければ、公選弁護人を付けてもらえる権利がある。
 以上の4つの告知が被疑者にされていない状態での供述は、公判で証拠として用いることができないとする原則。する側もされる側もしっかり守りましょう。


無実の善人を襲う先入観
 ドキュメンタリー風のため、見ていて楽しい場面というのは少ない。爆弾事件が起きるまで、そしてマスコミに追い込まれるシーンが長めのため、それに耐えられないとストレスが溜まるだろう。その我慢した分、反撃が始まってからの流れは痛快でストレスフリー。爆破事件が起きる前からカメラがずっとリチャードの後ろにいるため、観客が彼の無実を知っているという点は実に大きい。
 しかし、この事件が史実だというのが胸糞の悪い話。好奇心を剥き出しにする人間の悪意と、結論ありきで物事を進め、しかもミスを認めない性質の悪いやり口が観客の苛立ちを誘う。真犯人の動向はまったく語られないので、リチャードのためにむしろ次の事件が起こって欲しいとさえ頭を過ぎってしまう。


登場人物

リチャードと彼の味方

リチャード・ジュエル
 法執行官を志す肥満体の男性。何よりも法が真っ当に働くことを重視しており、そのせいで周囲といざこざを起こすことが多く、何度も職を変えていた。性根は優しく、他人に親切。爆弾事件の際も爆発の寸前まで周囲の人々を避難させようと奮闘していた。
 ただ、犯人に仕立て上げようとする相手にも親切なスタンスを崩さないので、観客は弁護士同様に苛立ちが募る。おかげで、覚悟を決めたラストシーンの啖呵でとんでもないカタルシスが生まれるのだが。なお、彼のような善人であっても山ほど銃を持っている辺り、アメリカって感じだ。

ボビ・ジュエル
 リチャードの母親。法を重視する息子を誇らしく思っており、親子仲は非常に良好。爆弾事件から英雄となった息子を誇らしく思っていた。ところが事態は一転、FBIに疑われ衆目に晒され追い詰められていく。
 息子を誇らしく思う描写が多い分、本当にかわいそう。終盤、息子の無実を訴える記者会見での演技は必見。胸を打つものがあるはずだ。


ワトソン
 皮肉屋の弁護士。かつてオフィスの補充係をやっていたリチャードと知り合い、親交を築く。その後爆発事件の第一発見者としてメディアに祭り上げられたリチャードから、本の執筆に関する契約内容の査定を依頼される。リチャードの人柄を信じ、終始彼の味方であり続ける。
 FBIやマスコミに対する物言いが非常に痛快で、頼りなさ気なリチャードを陰に日向に支える献身的な言動もあって、観客は彼を応援してしまうだろう。マスコミ対応からお人好しなリチャードに振り回され、苦労屋な一面も。ピンチには彼のような味方が欲しいものだ。彼を演じたジム・ロックウェルは同時期公開の「ジョジョ・ラビット」にも出演。こちらもいい役。

ナディア
 ワトソンの下で勤める事務員。理知的で明朗な女性。ワトソンよりも早くリチャードの無実を信じた。祖国はフランスらしく、「国が犯人としてあげた人物は無実」という持論を持っている。家から出られないジュエル家族のために、食事を差し入れるなどして支えた。
 ワトソンを公私に支えるできる女。ちょっとエッチ いいヤツにはいいヤツが共にあるものだ。


リチャードを追い詰める人々

ジョン・ハムおよびFBIの面々
 FBI捜査官。爆弾事件の犯人像にリチャードがぴったり当てはまることから、彼を犯人と決めつけ、執拗に捜査し続ける上、証拠の捏造やミランダ警告の権利を放棄させることにも躊躇がない。ジョンがキャシーに捜査状況を漏らしたことから、リチャードがメディアに追われる羽目になった。
 性欲に負けたおじさん。とにかく最後まで改心する様子の無いザコキャラ。悪役には手痛い目に合って欲しいものだが……。

キャシー
 新聞記者。リチャードの疑惑をFBIから色仕掛けで入手し、真っ先に記事を出した疑惑事件の発端。その後も特ダネを仕入れるためなら何でもする、という狡いスタンスを崩さず、ワトソン弁護士すら篭絡しようとした。
 とにかく女優の実力がいかんなく発揮されている。顔面をどつきたくなるほどの迫真の演技は一見の価値あり。終盤、ボビの会見を聞き、なんだかいいヤツだった雰囲気を醸し出すのも呆れて笑いたくなる。社会的な制裁も劇中では無しとあって、観客にストレスが溜まる。監督、誰かあいつにパンチを叩きこんでくださいよ!


各メディア
 世間の代弁者を気取る連中。観客は無実を知っているので、どいつもこいつもボンクラに見えてくる。だが、仮に観客が知らなかったのなら、我々はリチャードを追い詰めていたかもしれない。


お前も俺もマスコミマスコミ
 監督クリント・イーストウッドはFBIとマスコミが大嫌いなのか、と勘繰りたくなるほど純粋な悪役としてリチャード達を追い詰め続ける。そんな絶望的な状況において、常に彼を信じてくれる母親と弁護士たちの心強さったらない。人の二面性を描き出し、どうあるべきなのか考えさせられる逸品。
 そして現代は、一般市民ですら一マスコミとして情報を発信できる時代。一方的に当時のマスコミを批判してもよいが、自身が彼らと同じようになる可能性も考えておく必要があるだろう。





無実の映画感想